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[討論]被過於低估的映畫俳優 佐藤健

本帖最後由 emissteel 於 2016-10-22 17:50 編輯

映画賞などというものにどれだけの価値があるのかはわからないが、それでも思う。佐藤健は演じ手として、不当なまでに評価されていないと。たとえば『るろうに剣心 京都大火編』ならびに『伝説の最期編』における彼の演技に、なぜ最優秀主演男優賞が与えられなかったのか。明らかに偏見が邪魔をしていると考えられる。単にカッコいいひとが、カッコいいアクションを披露している。その程度の認識でしか、彼の表現を、(観客ではなく)映画業界の人間たちが捉えることができていなかった。ただ、それだけのことではないか。誠に情けない。

 緋村剣心の殺陣だけに瞳を奪われていると、気づくことはできないかもしれないが、佐藤は剣心を、歩行と沈黙によってかたちづくっている。殺陣が独特なのではない。歩行が独特なのだ。歩行が独特だから、たとえば後ろ姿だけでも、彼が何者かがわかる。彼がどれだけの凄腕で、どれだけ凄まじい過去を背負っているかを、佐藤は歩行によって伝えている。そして、沈黙。いや、もっと身体的に静止と言ったほうがよいかもしれない。激闘が始まる直前の、剣心の静止は、これから起きるであろう惨劇のありようを、文字通り無言のまま引き受け、その上で下す決断としての静止であり、物言わぬ動かぬ瞬間こそが最高にドラマティックなのだということを表している。そして、それはきわめて映画的な表現に他ならない。

 黒沢清監督の『リアル〜完全なる首長竜の日〜』でも、不当に無視された。特異な設定の下、あの、魂だけが抜け出して、器としての身体が、夢遊病のように彷徨いつづけているかのような、非常な困難な芝居を成立させていたにもかかわらずだ。

 わたしは佐藤健を映画俳優として高く評価している。だが、『何者』の彼の表現には心底驚かされた。なぜなら、『るろ剣』や『リアル』のようなハイクオリティの方向に演技が向かっていなかったからである。

簡単に言えば、ハイクオリティの演技とは、難しいことを鮮やかに達成することだ。『るろ剣』にしても、『リアル』にしても、大雑把に言えば、映画的なケレンが存在する。ケレン味ある世界観の中では、たとえば歌舞伎で言うところの、見栄を切る、そんな鮮やかさも効果的だ。『るろ剣』も『リアル』も、誰もがおいそれとは真似ができないようなことが平然とおこなわれており、そのことによって映画に強度がもたされていた。

だが、『何者』は違う。この作品には、実に映画的な仕掛けが施されてはいるが、それが『るろ剣』や『リアル』のような、全体に敷き詰められたムードとしてのケレンにはなっておらず、いや、むしろ、そうしたケレンが派生してしまっては、その仕掛けそのものが沈没してしまう。端的に言えば、ある種のミスリードが必要な映画なので、演じ手にとってジャンプ台になるようなケレンはほとんどないと言ってよい。


 では、佐藤健はどうしたか。

 何もしなかった。これがわたしの結論である。『何者』の佐藤健は、もはや観る者に「凄い」とさえ呟かせない、超越的な次元で、芝居を繰り広げている。

 もちろん、何もしていないわけではない。何もしていないように見える、ということだ。精神論的な意味ではなく、そこでは唯物的に、無私、というものが映っている。

 無私の境地。

 これは、表現としては最強ではないだろうか。

 『何者』は、5人の就活生の物語であり、Twitterをめぐるディスコミュニケーション論でもある。群れることが孤独を突き詰めることにもなる、実に現代的な集団=社会論でもある。内定を目指して共に切磋琢磨しているかに見える大学生たちの深層の断面図が、ディスカッションドラマにも思える展開のはざまから、軋みのようにこぼれ落ちていく。

 佐藤健はここで一見ストーリーテラーにように見えて、まったくそうではなくなる主人公を演じているが、基本的に、あらゆる事態を前にして受けの芝居だけを積み重ねており、しかも、明快に表情が掴み取れる瞬間はほとんどない。

 かといって、無表情というわけでもない。動揺はある。焦りもある。好きなコを前にドキドキしたり、ルームメイトを前にカッコつけたりということもある。だが、すべてが微細な揺れに留まっており、肝心なものはどこかに仕舞われていて、蠢きは不明の場所で灯されているかのようだ。こうした、最低限の所作が、終盤の急展開に効いてくるわけだが、佐藤健の演技は、単純に作品の説話構造に奉仕しているわけではない。

 かといって、無表情というわけでもない。動揺はある。焦りもある。好きなコを前にドキドキしたり、ルームメイトを前にカッコつけたりということもある。だが、すべてが微細な揺れに留まっており、肝心なものはどこかに仕舞われていて、蠢きは不明の場所で灯されているかのようだ。こうした、最低限の所作が、終盤の急展開に効いてくるわけだが、佐藤健の演技は、単純に作品の説話構造に奉仕しているわけではない。

 真に素晴らしい演技表現は、観る者の精神状態によって変幻するものだが、『何者』の佐藤健はまさにそうだった。わたしは二度この映画を観たが、印象がまるで違った。

 一度目は彼の姿が亡霊に思えた。二度目はひどく無防備な生きものに見えた。それは、佐藤健が、ある特定の主張の下に人物造形をしていないからだと思う。これはキャラクターに余白を与える、どころの話ではなく、余白だけでキャラクターを作り上げているからである。

 無表情ではない、と書いたが、『何者』の佐藤健の顔は能面を思わせる。能面は、観客が見る角度によって、表情が変わる。あるときは哀しくも見えるし、あるときは和やかにも見える。光の加減によっても、能面は変化する。いや、正確に言えば、何も変化してはいないのだが、変化したように見えるのだ。

 主人公は劇中で何度もスマートフォンを覗きこむ。その都度、彼の顔はスマホの光源を浴びる。照らし出されるその顔は、わたしたち観客の内面を映し出す鏡である。この物語を傍観する者も、この物語に感情移入する者も等しく、佐藤健の、いかようにも受け取れるあの顔の数々に、侵食されるだろう。おそろしいことが、そこでは起きる。

 主人公の名前は、拓人。人を拓く。わたしたちの内面を確実に拓く、静かにして凄絶な佐藤健に、個人的な最優秀主演男優賞を進呈したい。

■相田冬二
ライター/ノベライザー。雑誌『シネマスクエア』で『相田冬二のシネマリアージュ』を、楽天エンタメナビで『Map of Smap』を連載中。最新ノベライズは『追憶の森』(PARCO出版)。

http://realsound.jp/movie/2016/10/post-2986.html

回復 1# emissteel


嗚嗚,我家網速太渣,發了好幾次都沒貼上

隨便翻譯一下,沒有逐字逐句翻,大概就是把我理解到的意思表達出來,如果有錯請海涵。

大意就是這個相田先生覺得佐藤先生的演技一直以來都因為顏值過高和電影的人設與故事性太突出而被忽略了。
相田先生有提到或許是大家都被出色的殺陣所吸引了,其實劍心裡的步行方式是非常獨特的,背影就能營造特別的氛圍,都能感受到他背負著甚麼不得了的過去。
另外就是他在電影中沉默的時刻(或者是靜止),不論是在大亂鬥之前的沉澱,或是學習奧義前的沉思,乃至於高手對峙動手前一刻的靜止,都貼切的表現出山雨欲來風滿樓那般暴雨前的寧靜,這樣的留白是非常優秀的對比呈現。

還有就是佐藤健在黑澤靖導演的完美蛇頸龍所表現出的,身體只是容器,靈魂已經抽離了那種夢遊症般的恍惚和游離狀態,這是非常困難的演技。(這個部分我覺得小健在大腦先生裡飾演記憶障礙者時就很得心應手了XD)

再來就是相田先生(每次新注音都會自動跑出香甜先生害我好分心啊XDDD)覺得,自己已經是對佐藤健持有高評價的人了,沒想到,看了何者之後,小健的演出還是讓他大吃一驚。(居然還能更厲害的吃驚嗎XDDD)但是並不像是劍心裡或是完美蛇頸龍裡那樣high quality的高明表現手法,而是另一個層次,所謂無招勝有招的境界。(佐藤大俠要效法孤獨求敗嗎XDDDD)

相田先生還解釋了一下什麼是有招XD,大概就是,完美演出高難度的殺陣,或是電影中不尋常的設定因為演員的演技而成立這種可以被觀眾輕易讀取到的高明。

但是何者不一樣。

何者裡沒有出色的人設,也沒有特別的世界觀,沒有曲折的故事情節,沒有任何可以被演員當作跳板的花俏元素。

那麼佐藤健怎麼做呢?

他甚麼也沒做。(這是相田先生的結論)他不是為了讓觀眾說出:好厲害!這樣的心得而演出,他是在另一個不同的次元展現演技。(啊啊,所謂應無所住而生其心啊!)

當然並不是真的什麼都沒有做,而是讓自己看起來像是甚麼都沒做。

這是一種無我的境界。

這難道不是最強的表現嗎?

佐藤健飾演的主角,在故事一開始很容易被認為什麼都無所謂,不論發生什麼事都是被動地承受,連可以被截圖的明亮表情都沒有。但是這並不是說他面無表情,相反的,拓人的不安、焦躁、在心儀的女孩子面前心跳加速、在室友面前裝酷等等,全部都被很細膩的呈現出來,但是不過度放大。將所有情緒的波動,以最低限度展現,可能是為了末段劇情的翻騰做準備,但是,佐藤健的演技並不止於單純的為故事的結構和力度而服務。

相田先生看了何者兩次,第一次以為拓人就是個靈魂的空殼,第二次則覺得拓人是厲害的無防備生物。佐藤健厲害的演技讓拓人的形象隨著觀眾的心態而產生不同的感受,電影中有許多拓人看著手機的畫面,手機上的光源照射在拓人臉上,卻讓觀眾從中看見了自己的內心。

(這裡有用能面作為譬喻,雖然很貼切可是要仔細地說明意思好難所以原諒我放棄了XDDD)

總之呢,感覺相田先生對佐藤大俠的演技給予了很高的評價,是他心目中的最優秀主演男優賞。

看到有人這麼稱讚他,我也好高興啊!(淚目)

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谢翻译!有看到日文版的,半蒙半猜。。。看了各种评价,越来越想看何者了,感觉虽然不会是很容易喜欢上的角色和故事,但是可以看到另一种感觉的大猫。演技什么的不太懂,我大概并没有到可以鉴赏演技的程度。。。不过同上看到有别人夸他,就是会很高兴^^

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感谢翻译!这种角色设定真的是不讨喜的,所以反而更期待大猫会怎么演绎哈哈哈。在此之前我还是先把原著给补了吧,争取在观影后能憋出一篇有价值的观后感
为了佐藤健的一切,为了一切的佐藤健!佐藤老师是国家的财富٩(๑ᵒ̴̶̷͈᷄ᗨᵒ̴̶̷͈᷅)و

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感谢翻译
看了这个很欣慰呢
无我确实就是最强表现
谢谢这位评论家对砂糖的肯定

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谢谢翻译,虽然票房不太理想,但能够得到评论家的称赞还是不错的,对砂糖而言,塑造不一样的角色才是更重要的吧

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之前看到這篇報道就覺得很感動,從頭看到尾一直深有同感啊!這次何者真的是演得很棒很有震撼力,真的好希望他能用這部拿個甚麼獎

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这位相田先生好会夸人,看来要再刷好几遍剑心啦,期待何者。

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最喜欢看别人夸他了
大猫真的越是去了解 越觉得心惊
怎么可以那么厉害

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感谢PO主翻译辛苦啦 真的越来越觉得大猫太努力 自己也要加油了

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看到他一直很努力,也給了我一個很好的榜樣跟目標。
覺得自己也得好好努力才行啊~~
回復 10# iris0903

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谢谢楼上的翻译,何者其实论故事是我不喜欢的题材,这个人设也是不讨人喜欢的,当然tkr演是一定会看的,而且也在推特各种地方看到许多关于何者里tkr演技的好评价,很放心也很期待他的表演

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感谢翻译,对何者这种题材还是很感兴趣的,又是砂糖从没挑战过的角色类型,真的很期待。要把这种内心复杂的角色表演出来很难的吧,砂糖自己都说是挑战过的角色里最难的,不过他的演技从来不用担心的

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翻译姑娘辛苦了~
看过的友人回来表示这题材其实已经决定了票房不会爆,毕竟太沉重了不会让人有多刷的想法。然后友人抓着我的肩膀表示健桑的眼睛很有戏,然后我们就一起念叨了很久对大眼睛的羡慕之情……

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大年三十前一天hk上映。。。
要去看要去看!!
不过好害怕看完会不会恐惧就业。。。

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